バードウォッチングツアー専門旅行会社のワイバードでツアーガイドをしている中野です。
日本には野鳥が織り成す素晴しい風景がいくつかあります。今日はその中で、私が最も好きな風景をご紹介します。
今年は厳しい残暑が長引きましたが、シベリア方面からはハクチョウやカモ、カモメなど日本を代表する冬鳥が、例年通り次々と渡来しています。冬鳥の多くは、群れで生活する種類が多く、その中にガンというカモの仲間の鳥がいます。ガンの最大の越冬地は、宮城県の北部に位置する伊豆沼・蕪栗沼で、2つの沼を合わせると10数万のガンが毎年越冬しにやって来ます。この10万を超すガンが織り成す風景が、私が最も好きな風景であり、一年に一度は見なければ気持ちが治まらない風景であり、毎年訪れている場所なのです。
早朝、東の空が白み始めると、沼で休んでいたガンたちがにわかに騒がしくなります。徐々に東の空は赤みを帯び、ガンも光景を見に来た我々人間も、言いようのない緊張感に包まれます。そして太陽が地平線から顔を出すと、怒号と共に何万というガンが、我々に向かって一斉に飛び立ち赤く染まった空がガンの群れで覆いつくされるのです。そのときの見事な光景は、どんな言葉を使っても伝えることはできず、実際に見た者しか味わうことはできないでしょう。
沼を飛び立ったガンは、いくつものグループに分かれ、広大な仙台平野に散り田んぼでエサを取ったり、お昼寝をしたりして日中を過ごします。そして西の空が茜色に染まる頃、二度目のクライマックスが訪れます。ガンは群れで飛行する際、竿になり鍵になり常に編隊を組んで飛行します。東の空に竿が一本、南の空は三本、いや北の空にも。散っていたガンたちは、まるで時間を打ち合わせしていたかのように次々と帰ってきます。沼の上空に到着したガンは、体を激しく左右に振りながら、まるで飛行機が墜落するような格好で沼へ着水して行きます。これが落雁と呼ばれる光景です。
以前、いや昔と言った方がよいでしょうか、ガンは全国に飛来していました。東京湾にも昭和30年代頃までは飛来していたようで、馴染み深い野鳥だったと言えるでしょう。‘ガン’とか‘カリ’と呼ばれ多くの詩歌に詠まれていることからも、そのことがうかがい知れます。今では伊豆沼を含め日本海側を中心に、数箇所しかガンの越冬地はありません。しかしその越冬地では、昔と変わらないガンが織り成す素晴しい風景が広がっています。機会がありましたら是非、ガンの越冬地を訪れてみてください。必ずや、そこには心に残る感動的な風景が広がっているはずです。
ワイバード『中野泰敬の今週の鳥』http://www.ybird.jp/bird/bird.html