「エリュトラー海案内記」という、紀元後40年から70年ごろに成立したと推定される、古典的インド洋世界の交易案内書があります。
エリュトラー海とは紅海を意味していますが、当時は紅海、アラビア海、ベンガル湾、インド洋を含めた広い海域を指してました。
この書物は、インド洋に吹く季節風(モンスーン)を利用して遠洋航行を行う貿易業者のために書かれた〝航海マニュアル″的なもので、ケニアやタンザニアの アフリカ東海岸では、この本が書かれた当時そのままに季節風を利用した帆船による交易や人々の移動が続けられています。
8世紀以降、この貿易に使われたのは『ダウ』と呼ばれるアラブ発祥の古代帆船。千夜一夜物語アラビアンナイトに登場する「シンドバッド」も、この船に乗ってインド~ペルシャ~アラビア~東アフリカにまたがるインド洋をまたにかけて活躍した、架空の船乗りです。
ヨーロッパのいわゆる「大航海時代」を牽引したポルトガルの造船・航海技術は、この船の構造・帆の形状、及びアラブ人船乗り達の航海技術を吸収して発展しました。インド洋地域の船乗り達は、いわば当時世界最先端の技術を誇っていたわけです。
ダウ船は、1本か2本のマストに一枚ずつの大きな三角帆(ラテンセイル)を持ち、釘を一切使わず紐やタールで組み立てられています。
釘を使わなかった理由として、一説には「インド洋の底に巨大な磁石があり、釘を使うと船がバラバラにされてしまう」と、当時の船乗り達に信じられていたから、と言われています。
10月から5月は季節風は北東から南西に向かって吹いており、往時はこの時期にインドやアラビアの商人達が、商材を携えて東アフリカにやってきました。6月以降は風向きが逆になりますので、買い付け品を抱えた商人達はこの風に乗って祖国に帰って行ったわけです。
インド西岸と東アフリカを結ぶダウ船の遠洋航路は今では廃れてしまいましたが、ケニアやタンザニアのインド洋沿岸地域では、現在でも動力を使わない、風のみに頼った小型ダウ船が近距離貿易や海上の移動手段として活躍し、観光客向けの船には乗船することもできます。
アラビア半島やインドでは、ほとんどが動力船となってしまった現在、風のみを利用したダウ船に乗ることができるのは、おそらく東アフリカのみ。
「砂漠の船=ラクダ」に対して「海のラクダ=ダウ」と称えられた伝統帆船ダウ。東アフリカを訪問の際には、アフリカの若きシンドバッド達とともにささやかな船旅を楽しんでみてはいかがですか?